車両図鑑

只見線最後のキハ40が引退!40年間お疲れ様でした!!

2020年7月11日、只見線小出~只見で活躍したキハ40形がラストランを迎えました。

沿線には大勢のファンが訪れ、その最後の走りをカメラに収めていました。

 

なぜこんなにもファンの心を熱くさせるのか?只見線とキハ40の魅力についてクローズアップします‼

41年にわたって只見線で活躍したキハ40系

キハ40系は地方のローカル線区向けに1977年に製造された車両です。これまでの気動車をパワーアップさせたり、蒸気機関車を置き換え、無煙化を達成することに大きく貢献しました。

引用:DVD「C型蒸気機関車大集合」より

只見線には1979年から運転を開始。今回のラストランまでの41年もの間活躍しており、一つの路線で40年以上同じ形式の車両が使われてきたのは全国でも珍しいケースでした。

会津若松~会津川口でもキハ40形が使われており、画像のような緑をベースにしたカラーリングでした。こちらは2020年3月のダイヤ改正をもって引退しましたが、只見~小出では4か月遅れての引退となりました。

 

じつは4か月遅れたことには理由があります。

一つは只見~小出にはJR東日本新潟支社のキハ110系が導入されることになっていましたが、磐越西線・羽越本線用のGV-E400系の搬入が遅れ、車両運用が予定通りにならなかったこと。

もう一つは只見線には必ず必要なアンテナ取り付け工事をする必要があったのです。

只見線の必需品「ワイドスター」

通常、運転士や車掌は「鉄道無線」という特殊な無線を通じて連絡を取り合います。しかし、只見線の一部では鉄道無線がつながらない場所があります。

そんな只見線での連絡にNTTドコモの衛星電話「ワイドスター」を使用、特に福島県と新潟県にまたがる難所・六十里越では携帯の電波は入らない圏外となっています。

「普通」の真上にある四角い突起がワイドスターアンテナ

このワイドスター専用アンテナを取り付ける工事が重なったために引退が4か月遅れました。

どの車両でも走れるわけではなかったんですね。

田園から山岳部へ、絶好のロケーション

鉄道ファンがキハ40に惹かれるのは車両そのものだけではなく、只見線沿線が写真映えする最高のロケーションだということもあります。

只見線の景色の美しさは今では世界が認めるほどで、ラストランを迎えた7月は田の稲がピンと伸び、山の木々の緑が青々と茂るころです。

これが秋には燃えるような赤い紅葉・冬なら一面の銀世界・春は雪が解けて土が表に出初めるなど同じ日本でも東京とは四季の感じ方がまるで違います。

 

この日本の原風景の中を走るのが国鉄型キハ40形です。40年も只見線を走ってきたのですから、写真に収めるとしっくりときます。

 

只見線は小出を出て上条まで田園の中を走ります。そして上条から先、入広瀬・大白川に入ると民家は無くなり、森の中へ、大白川~只見は六十里越に差し掛かります。

この間民家は一切無く、30分かけて福島県へと入ります。途中の田子倉湖をかすめるように列車は通過し、福島県只見町に到着します。

 

この景色の中でキハ40形の渋い味が馴染んでいるというか、どの場所から撮っても絵になるのがファンを惹くのかもしれません。

只見線の新型車両とは?

キハ110系※イメージです

キハ40形の後継としてキハ110系がデビューします。

只見線にとっては新型車両ですが、デビューは1991年辺りなので製造から29年が経つ中古型でもあります。

基本的に2両編成で運転・新津運輸区所属の4両が只見線の運用に入ります。しかしこれが2021年度の全線復旧に伴ってどうなるかはわかりません。

まとめ

只見線で41年間活躍したキハ40形についてのまとめでした。

7月12日からは新型のキハ110系が只見線の新しい顔となります。キハ110系は電車並みの加速性能を持った気動車として注目され、東日本各地で今なお運転中です。

会津若松~会津川口でもキハE120系に置き換わり、来年度には全線復旧するなど只見線にとって大きな節目を迎えることになるでしょう。

 

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